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辻井いつ子ー子供の才能の見つけ方、伸ばし方(1)

2014年7月5日。 日曜日、晴れ 茂木町,町民センター 茂木町青少年健全育成集会の「社会を明るくする運動」  子供の才能の見つけ方、伸ばし方 (親バカのススメ~子供の才能を引き出す法則とは~) 世界的ピアニスト辻井伸行氏の母 辻井いつ子さんによる講演会 辻井いつ子さま 1988年9月に息子の伸行を出産。 ところが間もなく眼科医による全盲というご診断を受け、正直それがどういうことか? これからはどのように子育てをすればいいか?非常に戸惑い、しばらくはショックが抜けなかった。 本当はあまり物事を深く考えすぎない自分ではありましたが、息子が一生何をも見ることが出来ないという現実の壁とぶつかり、辛い日々を過ごしました。 何が一番辛いか?と言いますと、美しい場所へ行った時や美しい物を見た時ですね。 それすべてを息子に説明しても彼はそれがどのような物かは分からないし、説明も出来ない。 ネットや情報のこの時代と違って当時は本以外では物事を調べることは困難だった中、全盲で童話作家の 福沢美和 さんという方の                              「フロックスは私の目」 という本と出会いました。 全盲にもかかわらずとても明るく生きている福沢さんの姿に感動し、気持ちもとてもポジティブになったので、これからは息子の為にも福沢さんをお手本にして明るく、目標を見付けて前向きに生きて行く人間に育てようと思いました。 そしてその感謝の気持ちを伝えるべく、自分の言葉をカセットテープに録音して、本の出版社へ送ったら、思いもがけぬ返事が来て、「よかったら今度家にいらっしゃい」とのことでした。 実際お会いし、子育てについて悩んでいることを伝えると福沢さんは 「あまり難しく考えなくてもいいんじゃない?普通でいいわよ!普通の子供と同じく育てればいい!目が見えなくても耳や鼻で感じられるから…」という返事でした。 以来、息子が見えないことを怖がらずにお花見や花火、スイミングスクールや山登り、スキーなどなど色んな場...

水墨を楽しいんできました。

水墨画の作家、友達の田鶴濱さんのアトリエへ遊びに行っ てきました。 いっけん名も無き神秘的な千の風をあびながら、美しい光 を放つ滝を眺めているかのようである…。 どこか見慣れた雲や霧や川や山や…。時には天国や地獄や 神や鬼や…。 また時には父の背中や母の涙や…。 さっきあの人が飲みほした焼酎の香りタバコの苦い煙りや …。 幼きあの時の淡い想い出や予想もしない悲しい別れや…。 一目惚れや憎しみや…。 草原にかかった虹や我が子の堪えない笑顔や…。 自らの哲学で詠み、自らの心で生み出した世界がこの作品 のタイトルや答えになる…。 そうです。素敵でしょう? 見る人…、私が主人公になるんです。これ程面白くて楽し い味わい方を私は知らなかったわ。 毎回、その出来上がりを楽しませて頂いています。

日本の春とモンゴルの夏

久しぶりの日記です。 春ですね。 ここは、桜やシダレ桜が満開の頃を迎えていて、 自然の美しさがますます感動的になりました。 私の国の春は、雪がとけた3月頃から風や砂嵐の連続で5月いっぱいまで続きます。 または、急に気温が暖かくなるからか、かなり眠くなることがあります。 日本語の諺に、「女心~秋の空…」と言うふうに、 春の天気はしょっちゅう変わるし、まさに女心その物です。 まぁ、言ってみれば、モンゴルの春は大変です。 旅行者にはおすすめ出来ないと言えよう。 逆に夏は最高です。 見る見る内に、あたりが緑の世界へと色を変えます。待ちに待った初雨が降ると、乾燥した空気や地面が水に命を助けてもらえたかのうに、 その空気の甘い、美味しい匂いと言ったら、何に例えよう? きっと、実際に行ってみれば、必ずこうふんすることでしょう? モンゴルはまだだ!!!という方は是非一度は遊びに行って見てくださいね。 特に7月や8月中旬までが暖かいです。 そういう訳で、ダイリィはこの夏、里帰りをすることになりました。 6年ぶりのモンゴルの夏を思いっきり楽しいんできたいと思います。

モンゴル・メロディ・コンサート

モンゴルと言えば、チンギスハーンと朝青龍ですよね? ・・・と話しかけてくれる日本人はたくさんいらっしゃいます。 「私はモンゴルへぜひ行って見たいの!ダイリィちゃん、モンゴルについて色々教えてね!」という方も居られます。 果てしなく広がる中央アジアの大草原で一年中を移動しながら家畜の世話をし、生活をする遊牧民への関心がとても高いように私は感じます。 ありがたいことに日本の小学校2年生の国語の教科書にモンゴルの「馬頭琴」という伝統的楽器にまつわる「スーホーの白い馬」という話が載っていることもあって、馬頭琴の話題も時々出てきます。 私は今まで何回か町内や県内の小学校で国際交流の授業に参加させて頂き、その度に自分が持つ馬頭琴を持ち込んで、子供たちに見せたことがある。 残念ながら私は馬頭琴を弾けないので、その素敵な音色を皆さんに聞かせてあげることは出来ませんが、見るだけでとても喜んでくれるものです。 ここ栃木県はかなりの田舎なので、なかなか東京のよう多国の珍しい音楽を聴ける機会は少ないですが、日光や那須高原など観光スポットが多くある、さすがの観光地だけあって、モンゴルの馬頭琴の生ライブを楽しめる場所も一ヶ所だけあるんですよ。 「ゲル」というモンゴル伝統的フェルトの家で泊まり、モンゴル料理を味わうなど様々なカルチャー体験やモンゴル人演奏者による「馬頭琴」のみならずのど唄「ホーミー」の生演奏も聞くことが出来るんですよ。 日本で出来るモンゴル体験スポット 「モンゴリアビレッジテンゲル」 ぜひチェックして見て、お出かけくださいね。 → http://www.tenger.jp/ そして、もう一つ紹介したい話題は横浜で開催される馬頭琴コンサートの情報です。 モンゴル現代音楽を代表し、特にモンゴル伝統楽器「馬頭琴」の為に主に作曲される 名ある作曲家 N.ジャンツァンノロヴ 氏ご本人が司会者を勤めながら(日本語の通訳者も同行される)素敵な音楽を紹介する 「モンゴル・メロデイ」コンサートがここ日本、横浜で開かれることになりました。 モンゴル人の作曲家・音楽家日本でライブコンサートを開くのは、おそらく初めてのことではないでしょうか? ちょうど10年前にモンゴル・ウラン...

子供の英語について

今日、フェイスブックの知り合いからある質問が来た。 「ダイリィは幼い我が子たちに英語を覚えさせたい派ですか?その反対派ですか?」 これは子育て中の現代人の問題の一つでもありますよね? そして、答えを書きながら、自分は 賛成と、反対の両立場であることを発見した。 その理由は: ①反対 英語は世界共通の言語でもあるが、英語が母国語の人間ではなければ、必ずしも 幼い時期から無理に覚える必要はない。 子供は6歳までに自分の母国語の60パーセントを覚える…とどこかで読んだか、聞いた記憶がある。(ずいぶんいい加減な説明ですねw) 毎日体と心が育つと共に成長していく言葉の力で 世の中のもっともっと大事なことを学んでいく我が子たち。 挨拶、家族とのふれあいや友だちとの遊びを通じて付き合い、いわゆる人間関係などなど…。 生活リズム、ニッポン人としての季節を感じる習い事や習慣も。 きちんと身に付けなければならない習いことはたくさんある。 私は現在2児の母ですが、自分の母国のモンゴル語ですら教えていない。 使わないのにぐちゃぐちゃ覚えたって、いつか、忘れるに決まってるし、 そんにモンゴル語が必要なら大人になってモンゴルへ行って生活をすればいいのでは? 英語だって、一緒。 わざわざ間違った(失礼)ジャパニーズ・イングリッシュを覚えなくても、大人になったら思い切って英国や米国へと海を渡ればいい話だ。 実際、自分の体験話をしてみよう。 日本と同じくモンゴルの中学校も大体12歳あたりから第二の言葉として外国語を習わなければならない。 私が習った90年代当時はロシア語が中心でした。 本来なら生徒たち誰もが選ぶ権利があるんだから私は英語を選択することが出来たが、身勝手な先生によりロシア語教室に入れられた。 私は17歳で高校を卒業するまでロシア語を習い、テレビドラマやアニメーションぐらいは何とか理解できるレベルになった。 しかし、高校を卒業し、大学で日本語を選択して以来、100%まったく(こんな言い方はないと思いますが…w)ロシア語にふれなくなった。 ロシア語を使わなくても生活が...

なでしこジャパンありがとう!

本当は、毎日ダラダラ過ごしていました。 主人に申し訳ないほど・・・。 だからといって、家事も掃除もやっていない訳ではないのですが、いつものように毎朝、野菜ハウスに向かい、仕事を助けてあげていない。(泣) …ほら、夏ばてというのがあるでしょう? モンゴル人だから暑さに弱くて、気が付くとそういうものにおそわれた気分で、暑さが原因なのか、やる気を無くしていました。 地震後のストレスの影響で疲れも溜まっていたのかもしれない。 大好きなブログ日記すら便新しなくて、誰か友達のメールにも返事を書く気がしなくてね。 モンゴルで日本やアメリカの原発の使用済みゴミを扱うところを秘密で作るらしいという話も毎日新聞をはじめ、モンゴルや日本のツイッターやフェイスブック、オンラインサイトなどでたくさん出回ったのもあって、No Nuclear,Mongolia と胸がはれつしそうになりながら、あちこちで叫んでいたのもプラスになったかも知れない!? とにかく、もうかなり駄目人間になってしまい、朝、目が覚めた瞬間から自分をもう一人の自分に支配させ、「今日こそ頑張らなくちゃ駄目だよ!」と言い続けたきた。 一ヶ月以上もこの状態が続いた気がします。 で、今日、多分皆さんは気づいたでしょう。 ブログの名前を変えたことを・・・(笑)? 世界中に、特に今、一番大変な時に日本中の人々に感動と元気を与えた女子日本代表 「なでしこジャパン」のワールドカップ優勝に私も元気を頂いた気がします。 実際の試合生放送中はハウスでミニトマトの朝取りをしていて見ることはできなかったけど、 ツイッターで、みんなが「よっしゃぁ~、やったぁ~日本は優勝だぁ~ありがとう!なでしこジャパン!」と叫んでいるのを見て本当に嬉しかったの。 「ニッポン人女子強いね、やるねぇ~、沢選手強いねぇ?と喜んだ。 多分、女性として嬉しかったのかも、あの荒川選手の金メダルを取ったときの感動以来!!! で、今日の私も、多分すぐには難しいかもしれないけど、あせらずに、あきらめずに、ニッポンのなでしこたちのように頑張りたくて、輝きたくて、ブログの名前を 「モンゴルなでしこ日記」に変えた。 なかなか、響きが良くて、気に入ったし、なんか、スーッと気持ちが楽になってきた気がします。 ...

心に残った一冊

先日、本のレビュー文を書いた町報が出来上がってました。  茂木町 町報 (平成23年度) 2011年3月号 5ページ 町角図書館   「心に残った一冊」コーナー バルダンギン・ツェベクマ(著作)「星の草原に帰らん」鯉渕信一(訳) NHK出版1999年を紹介させて頂きました。 http://www.town.motegi.tochigi.jp/motegi/download/1357.pdf 『星の草原に帰らん』 大越ダイリージャブさん(増井) 1959年2月、北京駅。 中国国内で起きた「文化革命」運動が激しくなる中で、 愛娘の命を守るため、愛する夫を危険な中国にひとり残し、 モンゴルへの亡命をしなければならなかったモンゴル人女性ツェベクマがいた。 私は、ちょうど同じ5歳の娘と夫と思いを重ねて読んだからか、 その娘と夫の別れが切なくて最初から涙が止まらなかった。 彼女の生き方は強くて逞しい。感動あふれるその人生を ここでは表現しきれない。ぜひ読んでみてほしい一冊です。 皆さんにもぜひお勧めします。

無事に出産しました。

皆さんこんばんわ。 少し遅くなりましたが出産報告を致します。 11月26日(モンゴル国独立記念日)の午後3時34分に3982グラムの男の子を無事に出産致しました。 母子ともに元気です。 名前は付けていませんが日本語とモンゴル語の名前を両方考えております。 まだ入院中で30日に退院する予定です。 今まで色々と応援してくださってどうもありがとうございました。そしてこれからもどうぞよろしくお願い致します。 ダィリィナ~ より

心 喜びなさい

朝の青い龍が元気を無くしてしまったと 朝の報道番組すべてが大声で叫ぶ 彼の気持ちになって 彼の心になって 故郷の青空が悲しく泣いている 大草原の風も寂しく吹いてる 冬よ!早く 青空を冷たいを風を 連れて来いよ! 故郷の懐かしい 臭いも運んで来いよ! 朝日の国の暑さを消して 朝青龍の体に力を笑顔を貸してくれ きっと、冬 あなたが帰って来たら 皆の笑顔が返ってくる きっと横綱 朝青龍 あなたが帰ってきたら モンゴル人の心も喜び溢れる

大好きな昔話「鶴の恩返し」が・・・モンゴルの子供立ちへ

先週の土曜日にダリーがたまに通っているいっくら国際文化交流会の設立25周年ということでダリーが鶴の恩返しという日本の昔話をモンゴル語偏を朗読する役を果たしました。 たくさんの人々のお力で出来上がった本がモンゴル人の子供たちに日本人の優しい心を伝えることになると喜んでおります。

調子に乗りすぎて…Maria Mc Kee

先日、母の日に夫のお母さんに二日間かけて、バラの花の絵を描いて、ガクに入れて、プレゼントしました。 生まれて初めてまじめに絵を描いたし、しかも 誰にも教えてもらったことがないのに、お母さんに褒められて、喜んでもらって嬉しくなっちゃって。 で、調子に乗ったと言うか 買ったばかりのCDの写真を見てたら、なんかまた描いて見たくなって描いちゃいました。 目とか、表情とかぴったり合ってないけど、 皆さんに見せちゃいます。 ダリーが描いた人間の顔第1号です! これから、少しずつデッサンでも習おうかなと思っちゃったよ。 Maria Mc Kee 彼女は初めて聞いたが、ロック歌手でした。 微妙にカウントリーっぽいうたで、なんか、80,90年代の人好みかもしれない。 I'm gonna soothe youという曲が響きが良かったとです!

おじいちゃんの昔ばなし。

歴史に「ノモンハン事件」という名前で残った日本人のほとんどが知らないモンゴル対日本の戦争が1937年に八ヶ月か間続いて、ロシア軍に手助けられてモンゴルが国を守れたということをご存知でしょうか? 当時私のおじいさんは18歳でその戦争に行ったが一週間目でケガをして(手の指を撃たれたらしくて…確かにその指も微妙に短いです!)戦地から戻ったという。 日本軍の飛行機が毎日毎日ハラハ・ゴル(戦争があった場所の名前)の空いっぱいになって、本当に怖かったみたい。 たくさんのモンゴル人も日本人も命を落としました。おじいちゃんはもちろん当時日本人が大嫌いだったことでしょ? でも、おじいさんの考えを変えたある出来事が1945年に起きました。 中国に負けた日本軍をモンゴルやロシアのシビリアに列車や歩きで何ヶ月間かけてモンゴル兵やロシア兵が連れて行きました。無理やりだけど… 日本軍は何千人もいたことでしょ? もちろん軍の偉い人たちも何人も奥様を連れて行っていたとか… お雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、じいさんは歩きでモンゴルへ連れて行く方に行かされて、嫌でも千キロ以上のところを日本軍と過ごしました。 あまりにも疲れ果てて、お腹を空かした日本人は土をほって何か草や花の根本を食べているのを見て本当に可愛いそうで、ある日モンゴル軍の食事のために殺めたばかりの羊の内臓の腸をおじいちゃんが仲間に隠しながら日本軍人たちへ投げたら、受け取った日本人たちはものすごく喜んで食べ始めた。羊のふんを取っただけで、洗ってもなかったのに。(洗える状態でもなかったみたい) それを見たモンゴル軍の誰かがおじいちゃんのことを上に伝えてしまって、「敵に許可なしで食べ物を与えた!敵を仲間とした!」ということで一週間モンゴル兵の刑務所みたいなところに入れてしまったとさ。 おじいさんがこう思った…↓ 「確かに、かかって来たのが彼らだけど、敵なんて誰だって同じ母親から生まれて、家族に育てられ、故郷、大切な人々すべてを置いて、国の偉い人たちの命令で戦地に訪れるんだ!好きで銃を持って、好きで人を殺して、好きで死んで行くんじゃない! この若い日本軍人たちも俺たちと何が違うというの? みんな人間なんだ! 今の私と同じ25歳の若い兵士、後のダリーの大好きなおじいちゃんだった… あ...

久しぶりにモンゴル音楽を聞いてきたよ!

先日の新聞にてモンゴルからの馬頭琴やホーミーの演奏者たちが小学校を訪れて子供たちと交流をしたとの文章を読んだら、なんと昔からの知り合いのバヤルサイハンさんとダリニャムさんたちだった! へ~こんな近くに来てたんだ?だから携帯に掛けてくれたんだね?連絡してなくて悪かった!と思いながら今朝バヤルサイハンさんに電話したら、今晩宇都宮で演奏して明日東京へ行くとか。 ダリーはあわててパパと連絡して、今日見に行くことに。 ライブの場所は分からないから詳しいことを聞くようにとある人の電話番号を教えてもらった。 ・・電話した。 …はい、分かりました、ありがとうございました!カチャン。 車の混雑からやっと出れて、何とか間に合った ママ、パパ、娘3人。 演奏が始まる前に彼らと挨拶が出来た。 実に4年ぶりだ! モンゴル人の挨拶ならではのほっぺにチュチュ!握手握手! 久しぶりのモンゴル人とモンゴル音楽とモンゴル言葉、懐かしくて嬉しかった! 馬頭琴も歌もすごくよかった! 特にホーミーのダリニャムさんの歌声は本当に感動しました。 ダリニャムさんは西モンゴルのホーミーの故郷ホヴド県ダルヴイン村に生まれ育って、12歳からホーミーを習って、モンゴルのホーミーの大会に2,3回優勝したとか。 馬頭琴のバヤルサイハンさんは実はモンゴルの馬頭琴のプロの職人さんで、彼の馬頭琴は 演奏のプロたちも、音楽大学の学生たちもよく使っています。 あの、有名なYO-YO-MAさんが彼の馬頭琴で演奏したCDもあるよ! ダリーも昔1年間ぐらい馬頭琴をいじったことがあって、その時にバヤルサイハンさんに作ってもらったことがあります。 今も持ってますが、もうさわってません。 奥さんのバヤルマーさんは高校生のごろ「モドン・モゴイ」「木の蛇」という映画に主役で出演したことがあって、モンゴル文化芸術大学を卒業した素敵な女性ですよ! 中で、センデルオヒン「娘のセンデル」というモンゴル短唄という歌がとても良かった。 その歌の内容は、お金持ちのおじいさんと無理やりお見合い結婚させられて悲しいんでいる若い娘さんの悲しい歌です。 昔は親が子の結婚相手を決めていた時代もあったみたい。 コンサートの途中に詩子が暴れ始めたからパパが外に連れて行った。 あとで聞い...

いやだよ!むかで!

3日前に天気がいいから布団のカバーを外して洗濯し、午後はきれいに乾いたのを確認、 下に落ちてるのを取りながら 「今日は風があったからな~?!」みたいなことを考えて… 詩子がお昼寝してる部屋に布団のカバーを置いておいた。 夜パパと詩子がお風呂に入る間にお布団のすいていたらカバーの中から大きなムカデが落ちてきて布団の間に入っていった。 「パパ、パパ~ムカデだよ!早く取ってよ!」 「早くお湯を沸かしてくれ!」 「はい~!」 数分後にお風呂から出てきたパパと詩ちゃんとダリーママが大騒ぎして割り箸でつかんで、古いなべに入れて、その上からお湯をいっぱい掛けて… やっと、やっと一安心。 パパが、「これ酒に入れて売ってるところもあるんだよね!」と言った。 ええ~酒に入れて飲む気? 嫌だな~!気持ち悪いよ! そういえばパパが酒が好きだから、 けっこう知り合いが酒をくれたりするの。 それと酒がもっと美味しくなるからと言って 蛇の干した皮とかミツバチのでかいのを貰ってきて酒に入れてしばらく飲んでいたのを思い出した。 それにしても、いくらなんでも、ムカデは嫌だよ! で、そんなパパが夕べ仕事の会議で遅くなるからダリーママが詩子をお風呂に入れることになって、お風呂を洗おうとしたところ。 またまた、大きなムカデがお風呂に入ってるではないか? 今度はパパがいないけど、詩子が刺さらないように頑張らなくちゃ! 早速 麦茶がいっぱいのやかんを火の上に… 同じく古いなべになんとか入れて、上に熱い麦茶をパシャーン! いったいどこからムカデが入ってくるのかな? 洗濯物?窓から?分からないがもう嫌だよ! 明日家の外周りにムカデなどの虫の薬を撒かなくちゃ、とても落ち着いていられません。 これからの季節はじめじめ熱くてどこへ行っても苦手な虫様をいっぱい見かけるから、なんか嬉しくないな~。 妊婦の体と娘の体を守らなきゃな~ もちろん、大切なパパも刺さらないように…

やっぱり自由が幸せでしょ?

昨年の8月ごろから飼ってた (タナゴたちが11匹+4匹(この春買った)) 15匹の魚の13匹が病気にかかってしまって 薬を使っても助けにならず、次々と目を閉じて死んでしまいました。 残り2匹がぜんぜん元気で(種類が少し違うみたい-体がちょっと長い) 最後まで生き残ってくれたから、家のすぐそばにある山水が流れる小さな細い川(?)に放してあげました。 それとタナゴが必ず貝の中に卵を産むと言われて買った三つの貝。 なんとか生き残ってくれたものの、結局卵も何も産まなかったけど、山の冷たい水に身を浴びながら砂の中に気持ちよくもぐっています。 魚は放したとたん流れて行ってしまった(写真なんか撮れなかったよ)が貝たちがちゃんと3日目の今日も同じ場所にいるから、ダリーママは毎日見に行っています。 そして隣のおばあちゃんと貝を見ながら魚たちの話をしたり、今日の一日について話したりするから「貝を眺める会」と呼んでいます。(笑) もう我が家には魚が一匹もいないのが少し寂しいですが、産まれ育った大きな川へすでに行けて、自由にどこまでも泳げて、自然の餌を食べて、もうすでに仲間を見つけたんじゃないかな?と思うだけで心が嬉しくなります。 「…きっと幸せでしょうね?」 貝を眺める会のメンバー二人がそう話し合ったとっさ…

益子陶器市の最後の日

今日はGW最後の日ですが、あいにく雨の一日になってしまいました。 家でのんびりするよりドライブがいいかな?ということで隣町の益子へ行ってきました。 年に二回行われる陶器市ですが、この何年間毎回毎回ぶらぶらしに行っていて、正直飽きてしまっていますが、たまにはこんな田舎で人がたくさんあふれている町並みを見るのもいいものですよ! また、遠くからの車の番号の上の読める、読めない漢字を見て、「へ~横浜の車なんだ?ここまでやっぱりわざわざ来るんだ?」何って言いながら歩くのもちょっぴり楽しいことなんですよね。(笑) 今日は詩ちゃんが一緒だからあまりゆっくり見ていられず、見飛ばしながら歩いていて、少し町の様子を写真に移して来ました。 ちょうどお昼の時間だから天ぷらそばと焼きそばと油にあげたサツマイモを買ったがお店に飲み物はビールしかなくて近くの自動販売機へ走っても温かい飲み物がなくて、結局焼きそばだけを食べてからまたしばらく町を歩いた。 焼き物だけじゃなくて色んな美味しい食べ物や木製のおもちゃとか、楽器とか、現地農家の野菜とか色々売っていて、楽しいですが、少し値段が高いような気がするんだけど… 気のせいかな? でも今日は、陶器市の最後の日だし、雨の日だからか結構値安くしてるよ!っと途中で会った知り合いが言ってました。 …というのは、本当に安くてたくさんの焼き物を買いたければ最後の日か後半に行った方がいいってこと? ああ、でもいいものは先に売れてしまうからあまり意味ないか?

私はサーモン!

昨日夫と一緒に遊びに行った知り合いの農作業所で、農業のおばあちゃんたちとお茶を飲みながら色々話をしてたところ あるおばあちゃんがこう聞きました。 和食はどうですか?美味しくて最高でしょう? う~ん、味に慣れれば美味しいけど、外国人はあまり最高とはすぐには思えないかもしれない…!と答えてしまった。 おばあちゃんはたぶんもうちょっと違う答えを待っていたかな? でも、素直に考えれば和食はヘルシーし、体にもいい物が多く、油っこくも辛くもないから本当に最高の食事ですよね。 嫁に来てすぐには和食の味にまだまだ慣れていなくて食べ残したら夫に食べて貰ったりしていました。 で、お母さんが作った料理を紹介するたびに 「これは体にすごくいいよ!とか、カルシュームとビタミンがいっぱい入っていますよ!」というからなんか自分が病人(入院中)みたいな気分になってしまって。 「お母さんはうるさい人だね?」と良く思ったよ! 今は、そういう風には思えないよ。 だって、もう和食が大好きだよ! 特に、味噌汁が好きで、味噌の味にうるさいよ! 後は、最近 気付いたことですが、回転寿司に行ったときに、サーモンとネギトロばかり食べること! 本当に美味しい!と思っていますが、皆さんが一番好きな寿司は何ですか? 教えてください! 次、食べに行きたいで~~す!

2児の母になる日まで・・・

今日、うたちゃんを産んだ産婦人科へ行ってきた。 今年中にまたお世話になることになりました。 そうなの!うたちゃんがお姉ちゃんになるかもしれないの。 ちゃんと生まれるまでは…生まれるかもしれないということにしておき、あまり人に言ったり、近所の人々に前もって知らせたり、騒がないのがモンゴル人流ですが、 私は一様マイミクの皆さんにずっと言わないでいるのがちょっとよくないかな?と思って報告させていただいております。 妊娠3ヶ月で9週目で予定日は12月初期です。 頭と手と足と心臓の動きが超音波にはっきりと映っていました。 妊娠すると普段の体や食べ物の好みが変わったりして、つわりとかをほとんど経験するから 辛いけど幸せな経験を出来るのが女だけですよね? でも、今は本当に自慢どころか、食欲なくて、たまに頭痛と吐き気がよくするから料理を作る気にもならなくて、冷蔵庫にも近づけない状態です。 うたちゃんがおなかにいた時は甘いものが大好きで、仕事帰りにアイスクリームを買いにいつも行ってたがコンビにの「おでん」の匂いがとてもだめでコンビにはは入れなくて夫に行って貰っていました。 今回は甘いものはぜんぜん食べられなくて、おかゆと麦茶と牛乳と焼きそばがばかり食べる気になるの。 それにしても今回の方がつわりの期間がちょっと長いの。(詩ちゃんのときは10日間で収まった) 産まれるまではまだまだ、たくさんの検診やつらい日々が続くと思いますが、男でも女でもいいからとにかく元気な赤ちゃんが無事に産まれるように頑張ります。 マイミクのみなさんもどうぞ応援していてくださいね。 これからもよろしくお願いします。

モンゴル語を教えたいな~!

1歳と9ヵ月の詩ちゃんが大分喋るようになって来ました! 子供の絵本を読んでもらうのが大好きで、意味もよく分かるようになってきた。 でも、普段から日本語ばかり喋ってる私だから、絵本も日常会話も完全に日本語になってしまってモンゴル語を教える、理解してもらう機会が中々つくれないの。 たまに、ちょっと怒った時にモンゴル語で一気にパーッと何かを言ったりするから、詩ちゃんはたぶんモンゴル語を「ママが怒る時の表現だ!」だと思ってるんじゃないかな?と思ったり。 パパやバアと日本語で喋るのが当たり前ですが、やはり、ママのモンゴルバアや親戚兄弟たちとも言葉が不自由なく通じ合って生きていて欲しいものです。 テレビとかで子供に小さいうちから英語を覚えさせてる外国人のママとかが出るのを見ましたが、それじゃ訳分からない一歳児の脳がうまく分けて覚えられるものなのか?脳とか疲れないものなのかな?とか、つい考えてしまいます。 いつごろから本格的に教えればいいのかな? 誰か経験のある人やない人でもぜひアドバイスをください。

モンゴルって何だっけ?

町の保育園で行うすくすくサロンに集まっていたママたちとの会話が私の悩みになってしまいました。 ママ1:今日はいい天気だけど風が強いね?いやだね? ママ2:本当そうだね?花粉が飛ぶから嫌だよね? ダリー:モンゴルの春は雪が溶けうと地面が乾燥して、砂の嵐で、本当に大変ですよ! 風がもっと強いからね。 ママ1:モンゴルって何だっけ?馬だよね? なんか、テレビで見ると馬に乗るイメージが強いよね? ダリー:そうだけど、それは田舎の方だよ! ママ1:ええ~でも、3歳のときから馬に乗ると言っていましたよね? ママ2:ええ~そうなの?ダリーも、学校に馬に乗って行ってたんだ? モンゴルって車はあるんですか? ダリー:車ぐらいはありますよ!それぐらいは自分でちゃんと考えて想像してくださいよ! ママ2:よかった、よかった! ダリー:遊牧民は馬を乗るのは、家畜の世話をするためですよ!車では出来ないから… 風の話題を利用してモンゴルの季節のことを少し紹介したいな~と思ったのに、また誰かに変なことを聞かれて、つい、話の流れがおかしくなってしまった。 この会話の後しばらく何も話せなくなってしまった私が自分のことを追い詰めてみたり、相手のおかしい質問にうまく答えられなくなってしまって。 車は百年以上前に出来てるのにどうしてモンゴルにないと思うのかな? モンゴルは日本と比べるとまだまだ器械とか、技術とか不足してる点はたくさんあるけど、 車はないようなイメージを持ってるちょっと 悲しいというか、何と言うか? 初めて日本に来たときにある小学生に 「オレンジジュースを飲んだことがありますか?とか、飛行機はありますか?」と聞かれて、すごく馬鹿にされてる気分になったことがありますが、 今日のママの質問と比べたらまだナイズクエスチョンだったような気がした。 それでも、何で素直に「はい、車はあります!」と答えられなくて怒ってしまったのかな?せっかく質問してくれたのに…」 午後、ずっと悩んでしまいました。